東京高等裁判所 平成9年(行ケ)230号 判決 1999年10月27日
原告
富士写真フィルム株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
中村稔
同
熊倉禎男
同
富岡英次
同
岩瀬吉和
同弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成9年異議第70485号事件について、平成9年7月29日にした特許異議の申立てについての決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成2年2月19日、名称を「光記録媒体」とする発明につき特許出願をし(特願平2ー38092号)、平成8年5月31日に設定登録(特許第2522713号)を受けた。
【G】は、平成9年2月6日、本件特許につき特許異議の申立てをした。
特許庁は、同申立てを平成9年異議第70485号事件として審理したうえ、同年7月29日、「特許第2522713号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年8月20日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨
(1) 特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本件第1発明」という。)の要旨
対向して置かれた第1の基板と第2の基板の間に少なくとも1層の記録層が接着剤層を介して設けられた光記録媒体において、該第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと該第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が該接着剤層の厚さよりも小さいことを特徴とする光記録媒体。
(2) 特許請求の範囲の請求項2に記載された発明(以下「本件第2発明」という。)の要旨
前記接着剤層は、ホットメルト接着剤より成りかつその厚さは、160μm以下である請求項1記載の光記録媒体。
3 本件決定の理由の要点
本件決定は、平成9年4月14日付取消理由通知書(甲第3号証)及び同取消理由が引用する特許異議申立書(甲第5号証)4頁10行~6頁6行及び6頁7行~8頁16行の各記載を引用したものであるが、本件第1、第2発明が、特開昭61ー68744号公報(甲第6号証、以下「引用例1」という。)、平成元年7月7日発行の【H】編著「光ディスクのおはなし」35~37頁及び56~59頁(甲第7号証、以下「引用例2」という。)、特開昭63ー275050号公報(甲第8号証、以下「引用例3」という。)並びに特開昭61ー80534号公報(甲第9号証、以下「引用例4」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、本件第1、第2発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであるとした。
第3 本件決定の適法性についての被告の主張の要点
1(1) 引用例1、2に記載された対向する2つの基板の間に記録層が接着剤層を介して設けられた光記録媒体は周知であるところ、本件第1発明と引用例1、2記載の周知の光記録媒体とを対比すると、両者は、「対向して置かれた第1の基板と第2の基板の間に少なくとも1層の記録層が接着剤層を介して設けられた光記録媒体である」点で一致し、「本件第1発明が第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が接着剤層の厚さよりも小さい構成を有するのに対し、引用例1、2記載の周知の光記録媒体は当該構成について限定がない」点で相違する。
(2) 引用例3は、表面にリング状のバリが形成されており、かつ、表面に記録層を有する基板と、記録層が備えられてもよい基板が、記録層を内側にして、リング状内側スペーサとリング状外側スペーサとを介して接合された情報記録媒体であって、基板のリング状バリがスペーサのバリ収容溝に収容されていることを特徴とする情報記録媒体(甲第8号証特許請求の範囲)に関するものであり、そこには、基板の成形においてバリが発生すること、及びバリが接合するうえでの問題点となること(同号証2頁左上欄末行~右上欄19行)、そこに記載された発明において、スペーサを介して貼り合わせ、スペーサのバリに当たる部分に溝を作ることにより、バリが当たらないように工夫していることが記載されている。
(3) このように、光記録媒体の製造においてバリが発生すること、及び貼り合わせに際してバリが当たらないように工夫する必要があることは、当業者において周知のことである。
そして、バリのある2枚の基板を接着する際、2枚の基板の距離がバリの高さの合計より大きくなければ、基板の成形上、相対する位置に形成されるバリとバリが当たりこの部分だけ浮き上って光記録媒体の厚みが不均一となることは自明のことであるから、バリ同士の当接を回避するために接着剤層の厚みをバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることである。
(4) また、例えば、引用例4に、基板を不均一に貼り合わせると回転時の光記録媒体の面振れが大きくなること(甲第9号証1頁右下欄2~10行)が記載されているように、光記録媒体において、基板の貼り合わせが不均一であると面振れが大きくなることは当業者にとって自明のことであり、面振れが大きいと、光記録媒体のフォーカス性能やトラッキング性能に悪影響を与え、高精度のものが得られなくなることは周知である。
したがって、対向する2つの基板の間に記録層が接着剤層を介して設けられた周知の光記録媒体において、基板を均一に貼り合わせるために、基板の間の接着剤層をバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることである。
(5) よって、本件第1発明は、引用例1、2記載の周知の光記録媒体において、引用例3、4に記載されたバリによる接合不良の問題及び不均一な貼り合わせによる面振れの増大を考慮することによって、当業者において容易に想到し得るものである。
2(1) 本件第2発明と引用例1、2記載の周知の光記録媒体とを対比すると、両者は、本件第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との対比における一致点、相違点に加えて、「本件第2発明が、接着剤層は、ホットメルト接着剤より成り、かつ、その厚さは160μm以下である構成を有するのに対し、引用例1、2記載の周知の光記録媒体は当該構成について限定がない」点でさらに相違する。
(2) 引用例1記載の実施例においては、接着剤としてホットメルト接着剤が使用され、その接着剤層の厚さが40μmであって、本件第2発明と一致している。
したがって、本件第2発明は、引用例1、2記載の周知の光記録媒体において、引用例3、4に記載されたバリによる接合不良の問題及び不均一な貼り合わせによる面振れの増大を考慮し、さらに、引用例1に記載された接着剤及び接着剤層の厚さを採用することによって当業者が容易に想到し得るものである。
3 以上のとおり、本件第1、第2発明は、引用例1~4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、本件決定に誤りはない。
第4 原告主張の本件決定取消事由の要点
本件決定は、本件第1発明につき相違点についての判断を誤ったものであり、本件第2発明については、これに加えて、引用例1記載の発明の技術事項を誤認して相違点についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(本件第1発明における相違点についての判断の誤り)
(1) 被告主張のうち、本件第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との一致点及び相違点の認定(上記第3の1の(1))、引用例3記載事項の認定(同(2))、引用例4に、基板を不均一に貼り合わせると回転時の光記録媒体の面振れが大きくなることが記載されていることはいずれも認める。
(2) 上記相違点についての判断に関して、本件決定は「光記録媒体を製造するに際し、基板の成形時に必ずバリが発生する」(甲第5号証5頁27行)と判断し、また、被告は、光記録媒体の製造においてバリが発生することは当業者において周知のことであると主張するが、バリが形成されるか否か、形成されたとして存続するか否かは、基板の製造方法、製造条件によるのであり、これらを限定せずに一般的に光記録媒体の製造においてバリが発生することが周知であるとすることはできない。
(3) また、被告は、光記録媒体の貼り合わせに際してバリが当たらないように工夫する必要があることは当業者において周知のことであると主張するが、誤りである。
すなわち、引用例3に、スペーサのバリに当たる部分に溝を作ることによりバリが当たらないように工夫していることが記載されているからといって、上記(2)のとおり、光記録媒体に使用する基板が常にバリを有するものとはいえないのであるから、バリが当たらないように工夫する必要が常にあるとはいえず、ましてそれが当業者に周知のことであるということはできない。
また、バリのある基板を使用し、かつ、バリの高さの合計を接着剤層の厚さより大きくした場合であっても、本件明細書(甲第2号証)第1表の比較例記載のとおり、面振れ加速度は20m/sec2未満であり、引用例2に示されたとおり、これは周波数30~1500Hzに対応する回転数の低い領域では光ディスクの国際規格値(甲第7号証58頁表4.6)を満足させるものであって、その限りでは、貼り合わせに際してバリが当たらないように工夫する必要があるともいえないのである。
(4) 被告は、さらに、バリのある2枚の基板を接着する際、2枚の基板の距離がバリの高さの合計より大きくなければ、基板の成形上、相対する位置に形成されるバリとバリが当たり、この部分だけ浮き上って光記録媒体の厚みが不均一となることは自明のことであると主張するが、誤りである。
すなわち、引用例1~4には、バリが存在することによってディスクの貼り合わせに問題が生じることを指摘したものはあるが、貼り合わせの際に相対する位置に形成されるバリ同士が当接する可能性があり、この場合がバリの貼り合わせに対する影響が最も大きいこと、バリ同士が当接するのは、バリの高さの合計が予定されている2枚の基板の距離よりも大きい場合であることを指摘したものはないから、2枚の基板の距離がバリの高さの合計より大きくなければ、光記録媒体の厚みが不均一となることが自明であるとまでいうことはできないはずである。
なお、特開昭58ー162320号公報(乙第1号証、以下「周知例1」という。)及び特開平1ー269253号公報(乙第4号証、以下「周知例4」という。)には、バリ同士が当たること及びその不都合について記載されているが、バリ同士が当接するのは、バリの高さの合計が2枚の基板の距離よりも大きい場合であることを記載、示唆するものではない。
したがって、バリ同士の当接を回避するために接着剤層の厚みをバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることであるとの被告の主張は、その前提を欠くものであるが、それのみならず、仮に引用例1~4から、バリのある2枚の基板を接着する際、2枚の基板の距離がバリの高さの合計より大きくなければ、基板の成形上、相対する位置に形成されるバリとバリが当たり、この部分だけ浮き上って光記録媒体の厚みが不均一となるとの着想を得ることができたとしても、バリ同士の当接を回避するためであるとの被告主張は誤りである。
すなわち、バリ同士が当たって不均一な貼り合わせが生じないようにするとの目的を達成するためには、バリが生じないような製法によって基板を成形する、発生したバリを何らかの方法によって除去する、貼り合わせの際にバリの当接を回避する方法を講じるなどの様々の手段方法が考えられるのであり、実際にこれらの方法が採用されてきたところである。
これに対して、バリ同士が当たって不均一な貼り合わせが生じないようにするとの目的を達成するために、接着剤層の厚さを積極的に調整するという本件第1発明の技術思想は、引用例1~4に全く開示されておらず、その示唆も存在しない。通常2枚の基板等を接着させて貼り合わせることが本来の機能である接着剤に、2枚の基板の間に適切な距離を設けるという機能を果たさせることは逆転した新規な発想だからである。
この点について、被告は、特開昭59ー168947号公報(乙第5号証、以下「周知例5」という。)、特開昭63ー69042号公報(乙第6号証、以下「周知例6」という。)、特開昭63ー119040号公報(乙第7号証、以下「周知例7」という。)、特開平1ー287843号公報(乙第8号証、以下「周知例8」という。)を挙げて、光記録媒体の技術分野において、接着剤層が2枚の基板を所定の距離に保持する機能を有することは当業者が当然に認識していることであると主張する。しかしながら、これらの周知例は、いずれもエアサンドイッチ構造を有する特定の光記録媒体に係るものであり、このような構造の光記録媒体は、微小孔が開いている記録層を用いるため基板間に一定の厚さの空気層を設ける必要があって、基板間に一定の距離を設けるスペーサ及びスペーサと基板を接着する接着剤の存在が必須である。これに対し、本件第1、第2発明のような貼り合わせ型の光記録媒体においては、基板間に一定の距離を設けるスペーサの存在は全く予定されていないから、接着剤層に基板間に一定の距離を設けるスペーサの機能を持たせることを当業者が当然に認識しているとはいえない。
なお、被告は、光記録媒体において、基板の貼り合わせが不均一であると面振れが大きくなることは当業者にとって自明のことであり、面振れが大きいと、光記録媒体のフォーカス性能やトラッキング性能に悪影響を与え、高精度のものが得られなくなることは周知であるから、対向する2つの基板の間に記録層が接着剤層を介して設けられた周知の光記録媒体において、基板を均一に貼り合わせるために、基板の間の接着剤層をバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることであるとも主張するが、これらの自明又は周知であると主張する事実に基づいて、何故に基板を均一に貼り合わせるために、基板の間の接着剤層をバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得るといえるのかが明らかでない。
2 取消事由2(本件第2発明における相違点についての判断の誤り)
本件決定の「本件発明の構成要件B(バリの高さの合計が接着剤層の厚さより小さい)と、本件特許公報第2頁右欄7行目~12行目の『バリの高さ10~50μm』、『接着剤層の厚さ160μm以下』という記載から考え得る本件発明における接着剤層の厚さと、同号証(注、引用例1)の実施例1、実施例2における接着剤層の厚さは一致しており、本件発明における接着剤層の厚さは何ら特別な範囲を意味するものではない」(甲第5号証4頁18~26行)、「光記録媒体の製造において、基板には必ずバリが形成されること、このようなバリのある基板を単に貼り合わせると、バリ同士が当接し基板の接合が不均一となり、光記録媒体の厚みムラが生じることから、バリ同士が当たらない工夫を施すことの必要性は、甲第3号証(注、引用例3)を挙げるまでもなく、当業者にとって当然認識されるべき程度のことである」(甲第5号証7頁3~7行)、「甲第1号証(注、引用例1)の実施例1、実施例2における接着剤層の厚さは、それぞれ40μm、100μmであり、本件発明の実施例における接着剤層の厚みと一致している。本件特許公報第2頁右欄7行目~9行目の『通常のバリの高さは10~50μm』という記載からも、甲第1号証の光記録媒体において、接着剤層の厚みはバリの高さの合計より厚くなるように製造されていると考えるのが妥当である」(甲第5号証7頁17~22行)との各記載によれば、本件決定は、引用例1に記載された光記録媒体につき、その基板の周縁部にバリが存在する旨の認定をしていることが明らかである。しかしながら、引用例1の各実施例には、基板の具体的な形成方法、バリの有無、その大きさ、処理方法等は記載されておらず、引用例1の記載上は、そこに記載された光記録媒体において基板の周縁部にバリが存在したかどうかは全く明らかではなく、本件決定の上記認定は誤りである。
ところで、被告は、本件第2発明と引用例1、2記載の周知の光記録媒体との相違点についての判断において、引用例1記載の発明の実施例において、接着剤としてホットメルト接着剤が使用され、その接着剤層の厚さが40μmであって、本件第2発明と一致しているから、本件第2発明は、引用例1に記載された接着剤及び接着剤層の厚さを採用することによって当業者が容易に想到し得るものであると主張する。しかしながら、引用例1記載の光記録媒体においては、上記のとおり、貼り合わせの際に問題となるバリが記載されておらず、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、バリの高さの和と接着剤層の厚さの比較も問題とはなり得ない。したがって、引用例1に記載された接着剤層の厚さ40μm、100μmは、本件第1発明の「第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと該第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が該接着剤層の厚さよりも小さいことを特徴とする」との構成要件を満たして、接着剤層の厚さを160μm以下であるように選定したというものではなく、その厚さに特段の意味はない。
そうすると、引用例1記載の発明から、当業者が本件第2発明を容易に想到し得るものではなく、本件決定の上記判断は誤りである。
第5 被告の反論の要点
本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1について
(1) 原告は、一般的に光記録媒体の製造においてバリが発生すること、また、バリが当たらないように工夫する必要があることが、当業者に周知のことであるとすることはできないと主張する。
しかしながら、引用例3、周知例1及び4並びに特開昭63ー222346号公報(乙第2号証、以下「周知例2」という。)及び特開平1ー101126号公報(乙第3号証、以下「周知例3」という。)には、いずれも光ディスクの基板の成形においてバリが発生すること、及びバリが基板の接合の問題点となることが記載されているだけでなく、引用例3には、スペーサを介して貼り合わせ、スペーサのバリに当たる部分に溝を作ることによりバリが当たらないようにすることが、周知例1には、マスクを用いて金型と基板の間からはみ出したUV樹脂を硬化させずに除去することによりバリをなくすことが、周知例2には、転写型の内外周に余分の紫外線硬化樹脂を吸収するリング状の溝を設けることによりバリをなくすことが、周知例3には、吸引ノズルを用いてスタンパ及び円板の内周部から溢れる余剰フォトポリマを吸引することによりバリをなくすことが、周知例4には、マスクを用いて外周の余分な部分に入り込んだ樹脂が硬化されないようにすることによりバリの高さを減少させることが記載されている。
このような引用例3及び周知例1~4の記載から見て、光記録媒体の製造においてバリが発生すること、及び貼り合わせに際してバリが当たらないように工夫する必要があることが当業者において周知であることは明らかである。
原告主張のとおり、たとえ、基板の製造方法、製造条件等により、基板にバリが形成されない場合があり、あるいはバリの高さの合計を接着剤層の厚さより大きくしても、面振れ加速度が国際規格値を満足させる場合があるとしても、該周知性を妨げるものということはできない。
(2) 原告は、引用例1~4に、バリ同士が当接するのは、バリの高さの合計が2枚の基板の距離よりも大きい場合であることを指摘したものはないから、2枚の基板の距離がバリの高さの合計より大きくなければ、光記録媒体の厚みが不均一となることが自明であるとはいえないと主張し、さらに、接着剤に、2枚の基板の間に適切な距離を設けるという機能を果たさせることは逆転した新規な発想であるから、バリ同士の当接を回避するために接着剤層の厚みをバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることではないと主張する。
しかしながら、2枚の基板の距離がバリの高さの合計より大きくなければ、光記録媒体の厚みが不均一となることは、それ自体自明であるのみらず、引用例3の「第1図のようにリング状バリ12がリング状内側スペーサ15に対応する位置に形成されているものを使用した場合、リング状内側スペーサ15の接合部17は、リング状バリ12があるため外側スペーサの接合部18の厚さより大きくなる。そして、製造された情報記録媒体は、中央部の厚さが外周部の厚さより大きくなった状態になる。通常の接着剤層の厚さは10μmないし40μmであるが、バリの高さは100μm以上になることもある。形成されたバリの高さは、一定でないため製造された情報記録媒体の厚さが一定にならず寸法精度の低下の原因となるとの問題がある。」(甲第8号証2頁左下欄14行~右下欄5行)との記載からも、当業者にとって自明の事項である。
また、周知例5には、従来の光学的記録媒体において透過性基板によって形成した中空が硬化された接着剤により形成したスペーサによって保持された構造となっていることが、周知例6には、貼り合わせた基板間に厚みムラのない中空構造をもつ情報記録媒体を簡便に大量かつ低コストに製造する方法を提供するために、2枚のドーナツ状基板を記録層を内側にして貼り合わせ、かつ2枚の基板間に中空部をもつ構造の情報記録媒体において、少なくとも片方の基板上の内周及び外周縁部に接着剤をロール状の版胴又はブランケット胴から転移させてスペーサを兼ねた接着層をリング状に形成し、次いで両基板を重ね合わせて接着することを特徴とする中空構造をもつ情報記録媒体の製造方法が、周知例7には、貼り合わせ後の寸法精度の悪さを容易に解決できる光記録媒体の構造を提供するために、情報記録層部が2枚の基板の貼り合わせ面側に形成されているエアサンドイッチ構造で、アウタースペーサ、インナースペーサを用いず、流動性を持った接着剤を用い、塗布後それを硬化させ、スペーサの代りをさせることを特徴とする光記録媒体の製造方法が、周知例8には、透明基板が空気層を挟むようにスペーサを介して接着剤(又はスペーサを兼ねる接着層)により貼り合わされた光学的情報記録媒体が、それぞれ記載されている。
このような周知例5~8の記載から見て、光記録媒体の技術分野において、接着剤層が2枚の基板を所定の距離に保持する機能を有することは当業者が当然に認識していることであり、したがって、接着剤に2枚の基板の間に適切な距離を設けるという機能を果たさせることは逆転した新規な発想であるから、バリ同士の当接を回避するために接着剤層の厚みをバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることではないとする原告の主張は誤りである。
2 取消事由2について
原告は、引用例1記載の光記録媒体にバリが記載されておらず、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、バリの高さの和と接着剤層の厚さの比較も問題とはなり得ず、引用例1に記載された接着剤層の厚さ40μm、100μmに特段の意味はなく、引用例1記載の発明から、当業者が本件第2発明を容易に想到し得るものではないと主張するが、取消決定は、本件第2発明における接着剤層の厚さが、従来から採用されている接着剤層の厚さと一致することを指摘したものであり、バリの有無、その大きさと接着剤層の厚さとの関係の記載にかかわらず、引用例1記載の発明と本件第2発明とを各接着剤層の厚みにおいてのみ対比することに不合理はない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1について
(1) 引用例3(甲第8号証)に「一般に、ディスク基板は、合成樹脂を成形して調製される。ディスク基板の成形方法としては、圧縮成型法、射出成型法、射出ー圧縮成型法および2P法等があり、これらはスタンパー等の金具を組み込んで構成された金型内に溶融した樹脂材を充填して行われる。・・・上記の方法で、金型に樹脂材料を充填して基板を成形する際に、その隙間に樹脂材料が入り込み、成形後の基板の記録領域と基板中央の透孔周縁との間(すなわちスペーサとの接合領域)に位置する部分に高さが5μm~300μmのリング状のバリが形成される。このようなバリを有するディスク基板を使用する場合は、情報記録媒体の製造に当って良好な接合を行なうことができないとの問題がある。」(同号証2頁左上欄末行~右上欄19行)、「本発明は、表面にリング状のバリが形成されている基板の該表面に記録層が備えられてなるディスクと、記録層が備えられていてもよいディスクとが、記録層を内側にして、リング状内側スペーサとリング状外側スペーサとを介して接合された情報記録媒体であって、基板のリング状バリが、スペーサの該基板に接する面の基板のリング状バリに対応する位置に備えられたリング状のバリ収容溝に収容されている情報記録媒体にある。」(同2頁右下欄19行~3頁左上欄7行)、「本発明の情報記録媒体は、ディスク基板に形成されたリング状のバリが、スペーサに設けられたリング状のバリ収容溝に収容されているため、バリは、基板とスペーサとの接合の障害とならない。従って、本発明の情報記録媒体は、スペーサとディスク基板とが良好な接合をしており、高い寸法精度を有している。」(同4頁右上欄15行~左下欄1行)との各記載があり、周知例1(乙第1号証)には、「従来の複製方法としては、第1図に示すような方法がある。・・・金型1の外周端に残ったUV樹脂が”バリ”となって、レプリカはくりの際の障害となっていた。また、この”バリ”が大きいと、レプリカディスクを回転使用中に、はずれてとびだしたり、ディスクを2枚貼り合わせ構造にする場合、”バリ”同士が当ってしまい、それの欠けたものが内部に残り、ディスク表面を損なうなどの欠点があった」こと(同号証1頁右下欄12行~2頁左上欄4行)、及びマスクを用いて金型と基板の間からはみ出したUV樹脂を硬化させずに除去することによりバリをなくすこと(同2頁左上欄12行~右上欄17行)の記載が、周知例2(乙第2号証)には、「このような転写型8を用いてガラス基板9の上に形成した樹脂層11は第3図(B)に示すように内周部と外周部に突起状のバリ12を生ずることが多く、時によってはバリの高さは1mmを越す場合もあり、貼り合わせができないという問題があった」こと(同号証3頁左上欄第4~9行)、及び転写型の内外周に余分の紫外線硬化樹脂を吸収するリング状の溝を設けることによりバリをなくすこと(同頁左下欄5~7行、右下欄3~5行)の記載が、周知例3(乙第3号証)には、「従来の製造装置によって得られた転写層付円板の2枚を硬化フォトポリマの転写層を内側に向けて内外周環状スペーサを介して張合わせて光ディスクを製造する場合に、特に、その内周近傍にフォトポリマ溜まりによるバリが残留しての転写層の内周縁部が不定形となる。よって、スペーサの接着時にスペーサ及び円板間で間隙が生じて得られる光ディスクの内周部の寸法精度が低下したり、円板上においてスペーサの周縁から転写層周縁までの間に不定形縁部のための領域を置かなければならず、信号記録面の面積が制限される等の大きな欠点となっていた」こと(同号証3頁右上欄1~12行)、及び吸引ノズルを用いてスタンパ及び円板の内周部から溢れる余剰フォトポリマを吸引することによりバリをなくすこと(同12頁7~13行)の記載が、周知例4(乙第4号証)には、「ディスク2枚を貼り合わせる構造にする場合、バリ同士が当ってしまい、平坦性が悪くなるという問題もあった」こと(同号証2頁左上欄7~9行)、及びマスクを用いて外周の余分な部分に入り込んだ樹脂が硬化されないようにすることによりバリをなくすこと(同頁左上欄11~末行)の記載がそれぞれあり、これらの各記載に鑑みれば、光記録媒体の形成に当たっては、一般に基板の内周部分及び/又は外周部分にバリが形成され、基板の貼り合わせに際してバリ同士が当たると、良好な接合ができず、平坦性が悪くなる(すなわち、光記録媒体の厚みが不均一となる)などの問題点があるために、バリ同士が当たらないように工夫する必要があることが当業者において周知であったものと認められる。
原告は、バリが形成されるか否か、形成されたとして存続するか否かは、基板の製造方法、製造条件によるのであり、これらを限定せずに一般的に光記録媒体の製造においてバリが発生することが周知であるとすることはできないと主張し、また、バリの高さの合計を接着剤層の厚さより大きくしても、面振れ加速度が国際規格値を満足させる場合があるとして、バリが当たらないように工夫する必要が常にあるとはいえず、それが当業者に周知のことであるということはできないとも主張するが、そのバリが形成されないことが前示の工夫の結果である場合のほかになお存在し、さらに面振れ加速度が該国際規格値を満足させる場合があるとしても、前示引用例3及び周知例1~4の各記載のとおり、バリが形成されることが通常であり、基板の貼り合わせに際してバリ同士が当たらないように工夫する必要があるものとして、当業者に認識されていることが明らかであるから、ともに前示認定を左右するに足らない。
(2) 前示のとおり、基板の内周部分及び/又は外周部分にバリが形成され、基板の貼り合わせに際してバリ同士が当たると、良好な接合ができないなどの問題点が生じるために、バリ同士が当たらないように工夫する必要があることが当業者において周知であったとすれば、その工夫の前提として、2枚の基板の距離とバリの高さの合計との比較において、バリの高さの合計が大きければ、バリ同士が当接し、光記録媒体の厚みが不均一となることも当業者に自明のことというべきである。
しかるところ、周知例5(乙第5号証)には、従来の光学的記録媒体において透過性基板によって形成した中空が硬化された接着剤により形成したスペーサによって保持された構造となっていること(同号証1頁右下欄6~11行)が、周知例6(乙第6号証)には、貼り合わせた基板間に厚みムラのない中空構造をもつ情報記録媒体を簡便に大量かつ低コストに製造する方法として、少なくとも1枚には情報記録層が形成された2枚のドーナツ状基板を記録層を内側にして貼り合わせ、かつ、2枚の基板間に中空部をもつ構造の情報記録媒体において、少なくとも片方の基板上の内周及び外周縁部に接着剤をロール状の版胴又はブランケット胴から転移させてスペーサを兼ねた接着層をリング状に形成し、次いで両基板を重ね合わせて接着することを特徴とする中空構造をもつ情報記録媒体の製造方法(同号証2頁左上欄15行~右上欄7行)が、周知例7(乙第7号証)には、情報記録層部が2枚の基板の貼り合わせ面側に形成されているエアサンドイッチ構造で、アウタースペーサ、インナースペーサを用いず、流動性を持った接着剤を用い、塗布後それを硬化させ、スペーサの代りをさせることを特徴とする光記録媒体の製造方法(同号証特許請求の範囲)が、周知例8(乙第8号証)には、透明基板が空気層を挟むようにスペーサを介して接着剤(又はスペーサを兼ねる接着層)により貼り合わされた光学的情報記録媒体(同号証3頁右上欄15~18行)がそれぞれ記載されている。これらの周知例5~8の各記載に鑑みれば、光記録媒体の技術分野において、2枚の基板を所定の距離に保持するスペーサとしての機能を接着剤層に果たさせることは当業者に周知の技術事項であり、そうであれば、バリ同士が当接して不均一な貼り合わせが生じないようにするとの目的を達成するために、基板間の接着剤層の厚さを調整し、接着剤層の厚みをバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることであるものと認められる。
なお、基板を貼り合わせる構造の本件第1、第2発明と異なり、周知例5~8が基板間に中空を有する構造の光記録媒体に関するものであることは前示の各記載上明らかであるところ、原告は、本件第1、第2発明のような貼り合わせ型の光記録媒体においては、基板間に一定の距離を設けるスペーサの存在は全く予定されていないから、接着剤層に基板間に一定の距離を設けるスペーサの機能を持たせることを当業者が当然に認識しているとはいえないと主張するが、該技術事項が光記録媒体に関する同一の技術分野における周知事項であると認められる以上、これを基板を貼り合わせる構造の光記録媒体に適用することが当業者において容易に想到し得るものであることは明らかである。
(3) したがって、本件第1発明に関する本件決定の相違点の判断に原告主張の誤りがあるということはできない。
2 取消事由2について
引用例1(甲第6号証)記載の実施例においては、接着剤としてホットメルト接着剤が使用され、その接着剤層の厚さが40μmであること(同号証2頁右下欄13行~3頁左上欄4頁)が記載されているところ、その接着剤層の厚さが本件第2発明と一致することは明らかである。
原告は、引用例1記載の光記録媒体にバリが記載されておらず、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、バリの高さの和と接着剤層の厚さの比較も問題とはなり得ず、引用例1に記載された接着剤層の厚さ40μmに特段の意味はなく、引用例1記載の発明から、当業者が本件第2発明を容易に想到し得るものではないと主張するが、本件第1発明の1実施態様であるにすぎない本件第2発明について、引用例1、2記載の周知の光記録媒体とを対比した場合の特有の相違点が「本件第2発明が、接着剤層は、ホットメルト接着剤より成り、かつ、その厚さは160μm以下である構成を有するのに対し、引用例1、2記載の周知の光記録媒体は当該構成について限定がない」点であるのであるから、本件第1発明についての判断に加えて、引用例1に記載された接着剤層の厚さを適用することによって、本件第2発明を容易に想到し得ることは明らかである。引用例1に記載された接着剤層の厚さが、本件第1発明の「第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと該第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が該接着剤層の厚さよりも小さいことを特徴とする」との構成要件を満たして選定されたものである必要はない。
したがって、本件第2発明に関する本件決定の相違点の判断に原告主張の誤りがあるということはできない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、その他本件決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)